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女5人街に繰り出せば

世界的な不況で、毎日クレジット・クランチといった言葉を耳にする。大手の投資会社が次々に人員削減をするものだから、日本の家族も私の勤め先は大丈夫かと心配しているようだ。確かに、冬のボーナスは期待している程多くはないかもしれないが、うちの会社は何とか大丈夫そうだ。けれでも、株価は日ごとに上がり下がりが激しいから、職場ではなんとなく「嫌だねぇ」という雰囲気が漂っていて、気分が晴れない。だから憂さ晴らしのために、仲の良い同僚5人で木曜の夜の街に繰り出した。

場所は、会社の近くにあるホテルのバー。高級日本料理レストランNOBUの近くにある。場所が場所だけに安くはないが、くつろいで長居できるのでごくたまの飲み会では必ずといっていい程利用する。いつもは、社長がくっついてきてワインを御馳走してくれるが、今回は女ばかりだからはじめからなんとなく雰囲気が違う。特に最近3年の結婚に終止符を打つことを決意したルビーからは、「今夜は呑むぞ」といった気合が伝わってくる。夕方の6時頃に到着したバーは、いつもの木曜日ならば、人がたくさんでカウンターでお酒を注文するのにもかなりの時間が掛かるのに、今日は端っこの席から反対側の端に座っている人を見ることができる程すいている。普段ここに飲みに来るバンカー達は、株価のアップダウンに対処するためにオフィスを抜けなれないのか、それとも財布の紐を引き締めたのか…。

フィッシュ・アンド・チップスをつつきながら、白ワインを2本空ける頃には、ルビーが私に「最近、彼氏とはうまくいっている?なんといっても、よい関係の維持には良いフィジカル・リレーションシップが必要なのよ。今回の離婚でそれが良く分かった。」と聞いてもいないことを話し出す。彼女はもう吹っ切れたと言っているが、恋人同士の期間を入れたら10年も一緒にいた相手と別れた後の寂しさが痛いほど伝わってくる。ただの失恋だってあんなに痛いのにと思うと、他の4人は黙って彼女の言うことに耳を傾けるしかなかった。

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フィッシュ・アンド・チップスを食べ終わる頃、ルビーがこんな端っこの席ではなく、カウンターの近くで人の集まる辺りの席に移動したいと言い出した。なぜならば、「男の人の観察ができるから」らしい。仕方が無いので、ワイングラスと開けかけのボトルを持って真ん中の席に移動した。すると、お色気たっぷりでいつもミニスカートの43歳、キャサリンが、「ルビーのためにいい男を振り返らせるの。」と言って、つまみのピスタチオをカウンターの方に放り投げ始めた。これが、メンバーの中で唯一結婚していて、だんなが6歳下の超イケメンという人の自信がなせる業なのだろうか。キャサリンのピスタチオ投げのコントロールは抜群で、40前後と思われるハンサムな男性に命中し続けた。それでも彼は、気付かない振りをして友人との会話を続けるものだから、投球数は10を超えはじめた。いい加減、その男性もうんざりしたのかもしれない。気付くと、彼はグラスをさっきまでポケットに入れていた左手に持ち替えていた。そして、ゆっくりとワインを口に流し込む時には、私達にも薬指の指輪が見えたのだった。

そういう風にさりげなく「ノー」と言える男性がなおさら格好良く、私が関心している最中にも、キャサリンは次のターゲットを決めていた。だが今度はコントロールを失い、カウンターの端っこで一人チップスを食べる寂しげな男性に一発で命中。彼は、ひょろひょろとキャサリンのところに寄って来た。「これ、食べきれないから、もし良かったらシェアしない?」私と、アルバイトのオーストラリア人のへザーは、「いらない魚が引っかかった。」と顔を見合わせたが、心配する必要も無く、彼はしばらくキャサリンと話をした後、チップスのお皿を大事そうに持ってどこかへ行ってしまった。

やっと邪魔が入らなくて済むと思ったところで、今度は、2人連れの若い男の子達が寄ってきて言った。「さっきから、ナッツ投げてるでしょ。どうして?」二人とも髪は一筋の乱れもなくセットしてあるし、スーツも量販店では売っていなさそうなスマートで、デザインにちょっとひねりのあるものを着ている。靴も時計もピカピカで、風貌モデルのように美しい。聞くと年齢はどちらも23歳というが、職業は言わない。そもそもこんな若者が木曜のホテルのバーをうろつき、高級クラブで席を取ってあげるということ自体、私は気に入らない。「バイバーイ」と手を振って追い払おうとしたけれども、ルビーが、話をするくらいならいいでしょという雰囲気なので、仕方なくソファーの席をつめて彼らが座れるようにした。

そうこうしているうちに、バーに3時間も入り浸っていることに気付いた私は、夫が迎えに来たキャサリンに続き、まだ男の子達と話している3人を残して家に帰ることにした。帰り道、楽しい人間ウォッチングができたと思いながらボーっとしていると、なんとなく恋しくなって優しい人の声が聞きたくなった夜だった。
by ldnshigoto | 2008-10-30 05:04 | 出会い